愛する息子へ、生きていてくれて「ありがとう」

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愛する息子へ

私は、40代の3人の子の母です。

20代の頃、夫の暴力やストーカー行為に耐えられず、「命あるうちに」と、とっさの行動でしたが、夫が入浴中に子供3人を連れて家を飛び出しました。
色々ありましたが、1年以内に離婚し、そのころ小学2年生だった息子も、今では高校3年生になりました。
今回は、息子への「ありがとう」の想いを書かせていただきます。

今から約4年前に、私の実父が急逝し、祖父を慕っていた当時中学2年生だった息子も、あまりに突然の別れで悲しみに打ちひしがれていたのですが、1年忌を終えた1週間後に、元夫が急逝し、普段は冗談や周りを笑わせることが大好きな息子も、あまりの出来事にショックが大きく、心の成長期で多感な時期だったこともあり、息子からは笑顔が少なくなっていました。
四十九日が過ぎたころ、息子の体調に変化がありました。
中学3年に進級し、学校が大好きで休まず登校していて、それまで大きな怪我や事故も無く無事に成長してくれていた息子が微熱を出すようになり、
一週間程すると「股関節が痛い。」「手首の関節が腫れている。」との訴えがあり、直ぐに整形外科へ受診しました。
検査をしたあと告げられた診断名は「若年性突発性関節炎」でした。
担当医の方から「念のため総合病院でも診てもらいましょう。」との事で、紹介状を手に、そのまま総合病院へ。
内科の医師が診てくれましたが、最初は関節炎からくる発熱の疑いとの事で、痛み止めと風邪薬の処方がありました。
それから熱が引いたり微熱が出たりと2週間しても治る気配が無く、食欲も低下し一週間で7kg程体重減少がみられ、「何かがおかしい。」と再度病院受診したところ、その病院では、「できる限りの検査はしたが異常が見られないので、痛み止めを処方する他のできることがない。」との返答でした。
たまたま診て頂いた医師が難病患者を中心に治療をしている病院に勤めていた経験があり、「ちょっと気になるので、一度、専門の病院で精密検査しましょう。」と紹介状を書いて下さったことがきっかけで専門病院で検査をすることになりました。
検査入院して一日目・・・3名の医師と看護師が待つ個室に呼ばれ検査結果を聴くことに・・・

「お母さん、気をしっかり持ってくださいね。」
「息子さんは白血病です。」
「リンパ性か骨髄性かは詳しい検査結果が出てからとなります・・・」

途中から説明する声も聞こえなくなり、頭が真っ白になりました。

ですが、息子を支えられるのは私しかいません。気を強く持ち、全力で息子を支え、絶対に治すんだと心に誓いました。
治療は他の専門治療病院で翌日転院し翌週から治療が開始となりました。
それからの闘病生活では息子も様々な心の葛藤を乗り越え、長い入院生活から、一時退院となり、2週間に1回の通院治療から月に一度の通院治療を乗り越え、
それからの日々の息子の目標は
「中学校を皆と一緒に卒業したい。」
「高校受験をして志望校に入学して、大好きな野球を続けたい。」
その想いで、再入院の時も必死に受験勉強に取り組んでいました。
そして卒業式の日を迎えることに。
その頃インフルエンザが流行っていて卒業式に参加することの許可がなかなか下りずにいたのですが、何とかマスクを着用しての参加の許可が下り、
無事、みんなと一緒に卒業式の花道を歩く姿を見て、ただただ
「生きていてくれてありがとう。」
「つらい治療を乗り越えてくれてありがとう。」
「うまれてきてくれてありがとう。」
という感謝の気持ちでいっぱいで、周りの目も気にせず泣いたのを想いだします。
受験は、個室対応での試験となりましたが、無事合格し高校入学を迎えました。
たくさんの方々からのエールやムービーでのメッセージなどで支えていただき、日々心から感謝の気持ちで一日一日を大切に生きています。
まだまだ治療は続きますが、再発することなく治療を終えることを祈りながら、家族の絆を感じながら過ごしています。
愛する息子へ、これからも一緒に乗り越えていこうね。
愛を込めて・・・

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