言えなかった「ありがとう」を言える日まで

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天国へ旅立って10年になる私のお祖母ちゃんは、人の悪口を言わない優しい人でした。

私は直接聞いたことはありませんが母に聞いた話では、それはもう大変な苦労の連続で随分辛いことが多かったようです。でも自分が苦労をしたことを人に押し付けるようなことはありませんでした。

私が病気になって学校へ行かれなくなったとき、働けなくて家にずっといたとき、本当なら私に言いたいことや聞きたいことがたくさんあったはずです。それでも何も言わず、ただ私の病気の回復を祈ってくれました。

今でも思い出すたびに涙が出ることがあります。それはお祖母ちゃんがお友達と一緒に巣鴨の神社へ行く日のこと、「病気が治るようにお祈りしてきてあげるからね」と、言ってくれました。

当時の私は食べることもままならず、どんどん痩せていく一方で次第に心も病んでいって表情もなくなっていたような状態でしたが、この言葉はよく覚えています。お祖母ちゃんはずっとずっと私のことを気にかけていてくれました。

それなのに私は病気が落ち着いて自分の人生を取り戻すようになってから、恩返しどころかひどい態度をとるようになってしまったのです。

それはお祖母ちゃんの介護が始まったころからでした。骨折が原因で寝たきりとなり、次第に認知症の症状が進行して24時間365日の介護生活を続けていく中で、私はお祖母ちゃんから受けた愛情を忘れるようになりました。介護以外ではお祖母ちゃんから極力目を背けていたのです。

優しかったお祖母ちゃんに暴言を吐かれたり、一日中訳の分からないことを大声で叫ばれているうちに、私は心身共に限界に近付いていきました。

もしかしたらお祖母ちゃんよりも私のほうが先に人生を終わらせるかもしれない、そこまで思い詰めることも多々ありました。

でも別れは意外とあっけなくやってきて、昨日まで騒がしかったお祖母ちゃんが急に静かになり、まるで魂が抜けたような状態になったのです。

そして忘れもしない10年前のあの日、救急車でお祖母ちゃんが運ばれるときに私が手を握って送り出したときのことです。

お祖母ちゃんの目がハッキリと開いて私を見て、「うん、うん」と頷いた瞬間、私の心の中を真っ黒にしていた様々な感情が一気に消えたのです。

あんなことは初めてでした。何て説明したらいいのか分かりませんが、心の中にへばりついていたヘドロが綺麗な水で流された、そんな感じでしょうか。

そこにはお祖母ちゃんに対してだけではなく、口出しだけする親戚に対するモヤモヤした気持ちも多分に含まれていました。

でも誰かを憎むことは苦しかった、優しかったお祖母ちゃんは私のそんな気持ちをずっと分かっていてくれたのだと思います。だから自分が天国へ旅立つときに一緒にあの苦しい気持ちを持って行ってくれた、私はずっとそう信じています。

いつか私がお祖母ちゃんの元へ行って再び会えたら、思いきり抱きしめて「ありがとう」と、言いたいです。その前に「ごめんなさい」も言いたい。

でもやっぱり一番伝えたいのは「ありがとう」です。深い愛情でずっと見守ってくれていたこと、大切なことをたくさん教えてくれたこと、今思い出しても涙が出てきます。

まだお祖母ちゃんと会うまでには時間がかかるかもしれませんが、優しかったお祖母ちゃんと同じところへ私も旅立てるように、今を一生懸命生きていきたいと思っています。

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