おばあちゃん、ありがとう。もう一度、会えたら言いたいのに。

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おばあちゃんへ

年を越して8日め。
乾いて寒い土地の、晴れた冬の日でした。
脳溢血で倒れ、たった3日の入院であっけなく亡くなってしまった、おばあちゃん。
もう20年ちょっと、経ちますね。

まだ私が小さかったころ、大きな鏡に、私とおばあちゃんと並んで映って「私、おばあちゃんとそっくりだね」と言ったら、おばあちゃんは顔をくしゃくしゃっとして笑ってくれました。
おばあちゃんのくしゃくしゃの笑顔が、今でも忘れられません。
田舎の人だからあまり化粧っけもなかったのですが、賢くてかわいいおばあちゃんでした。

おばあちゃんは和裁が得意で、家族のために浴衣や着物を作ってくれました。
でも、そういうもののありがたみが、若い頃の私にはわかりませんでした。

おばあちゃんが亡くなってから10年くらいして、私は結婚しました。
1年ほど専業主婦をしている間に、着物が好きになって、着付けを習ったりするようになりました。
おばあちゃんの形見の着物をいくつかもらったのは、そのころです。

着付けの練習にちょうどいいウールや、やわらかい木綿の浴衣、それからシャリッとした手触りの大島紬。みんな、おばあちゃんが縫ったものでした。

形見の中に、久留米絣の単衣の着物がありました。久留米絣は伝統工芸品の木綿の織物です。
それを見つけたとき、辛い事を一つ、思い出しました。

亡くなるちょっと前、九州に旅行したおばあちゃんから電話が来て「久留米絣を一反買ったから、みんなに何か作ってあげる」と、嬉しそうに言ったのです。
私は、何も要らない、と答えてしまいました。

着物の形で、その久留米絣が残っている、ということは、私のほかの孫も、父や母や伯母たちも、みんな、おばあちゃんに「要らない」と断ってしまったのでしょう。

おばあちゃん、きっと悲しかっただろうな……。

みんなが喜んでくれると思って、久留米絣をおみやげに選んだのだろうと思います。
どんな気持ちで、おばあちゃんは、着物に縫い上げたんでしょうね?
今でもそれを考えると、とても悲しくなってきます。

もっと若い頃から、着物を好きになっていればよかったと思います。
もっともっと、おばあちゃんに和裁や着物のことを習っておきたかったですね。
もう一度、もし会えるなら、たくさん着物の話をしたいのですが。

ごめんなさい、おばあちゃん。それから、ありがとうございました。

何で、おばあちゃんが亡くなる前に気付かなかったんでしょうね? 
おばあちゃんには、着物のほかにも、たくさんの愛情をもらっていたと思います。
ちゃんと、ありがとう、って私は言っていたのかな?
思い出すと、後悔ばかりです。

もう一度、会いたいです。

おばあちゃんの顔を見て、ありがとう、って、大きな声で言いたいです。

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