お空の我が子と隣で眠る我が子

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大好きな子どもへ

待望の赤ちゃんを授かり、嬉しくて嬉しくて親族友達みんなに報告した。実感がないながらにもお父さんとまだ見ぬ自分たちの子どもについて話し合った。
1ヶ月後。稽留流産となり、さようならした。つらかった。セーブしつつも働いていたのが悪かったのか。私の今までの行動のなかで何かバチがあたったのか。心臓が止まったのはいつなのか。先週まで小さく動いていた子は、私のお腹の中で苦しんでいたのか。もしかしたら間違いかもしれない。次の健診では先生が、見間違えてごめんねって言いながら赤ちゃんが動いているかもしれない。いろんなことを考えて泣いた。

それから3ヶ月。新しい命を授かった。待ち望んでたとはいえこんなにも早くまたやってきてくれるとは思わなかったのでとても嬉しい反面、正直不安だった。悪夢を繰り返すのではないか、私のせいでまた周りの人も悲しませるのではないか。すぐには誰にも報告できなかった。

約1ヶ月後に報告。前とは変わらず喜んでくれたものの、やはりみんな不安な様子。

そして数ヶ月後。元気な産声を聞けた。いろんな想いが駆け巡った。不思議な感覚だった。落ち着いて我が子の顔を見れたとき、今まで感じたことのない、愛おしい、という感情でいっぱいになった。

最初に来てくれたお空の我が子、そして今隣で眠っている我が子、ありがとう。

お空の子。とても悲しかったけどあなたのお蔭で学べたことがたくさんあるよ。会えるのが1番だったけど、今となっては、強く純粋な力で私たちを空から見守ってくれている、と思えるようになったよ。これからもよろしくね。夢の中ではたくさん会いに来てね!ありがとう。

いま隣で眠る子。頼りないお母さんだけど、君のたくさんの笑顔とパワーで日々を楽しく過ごせているよ。とても強いお兄ちゃんもしくは優しいお姉ちゃんも見守ってくれてるからね。たくさん笑って泣いて、時に喧嘩もして、たくさん思い出作ろうね。ありがとう。

結婚して子どもを授かる、当たり前のことだと思っていた私。こんな経験がなければ気づかないことがあった。映画やドラマの世界ではなく、健康に問題なく育ってきたとか関係なく、誰にでも起こりうるかもしれないということ。
もっと悲しい経験をしている人がいる、という人がいる。事実そうだとは思うけれど、実際経験している人にとってはそれ以上もそれ以下も考える余裕はない。ただただ悲しい。どんな体験でも、感情は比べられるものではないと私は思う。今回のことで、少なからず同じ体験をした人の力になれるかもしれない。

子どもたち、私を成長させてくれて、ありがとう。

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