優しさの新幹線

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偶然出会った見知らぬあなたへ

まだ長男が二歳だったころの話です。
夫の実家が遠方で、さらに夫自身は激務の日々が続いていたため、盆や正月に義理の実家へ訪問するときは親子ふたりだけで新幹線に乗らなければいけませんでした。
とはいえ、五時間以上という長距離移動はまだ幼い子供には辛く、飽きてしまい騒ぎはじめてしまいます。なので、座席を購入しているにもかかわらず、半分以上の時間を車両の間のデッキですごしていました。
荷物を置きっぱなしにするわけにもいかないので、肩には大きなバッグを抱えて、騒ぐ子供をたしなめつつ周りのお客さんに頭を下げ……本当に大変で、泣くのも忘れて時間を過ごすのが定番になっていました。
ある日、同じように遠方から帰るために新幹線に乗っていました。だんだん成長した息子は動きたい気持ちも大きくなり、しかたなくデッキから窓の外を見せたり、周りに迷惑がかからないように小声でお話ししたりしていました。
とはいえ、私自身も旅の疲れもあり、うまく笑顔を作ってあげられず。泣くこともできないほど疲れていたとき、ふいに見知らぬ男性が息子に声をかけてくれました。
最初は何のつもりか分からず、警戒しながらお話をしていました。
ですが、その男性はつねにニコニコと優しく接してくれて、息子へも子供の興味に合わせて上手くお話をしていただき、しだいに私の緊張も解けていきました。
しだいにぽつぽつと普通の会話を交わすようになり、その男性も小さい子供の父親であること。いつも自宅で奥さんのがんばりと突かれているようすを見ているため、他のお母さんも見かけたら手伝えることを探していることなどを話してくれました。
最初こそ詐欺か恐喝かと疑っていましたが、その男性は本心から親切にしてくれることが分かって、本当に安心したのを覚えています。
なんていい人なんだろう。そう思ったとき、その男性がアッと気が付いたような顔をしました。
「ママさん、喉が渇いたでしょう。お水飲みませんか」
「え?」
「ちょっと待っててください」
私が返事をするまもなく、その男性はサッと自動販売機のある車両へ行くと、なんとそのかたの自費で飲料水のペットボトルを買ってきてくれたのです。
私に手渡して、代わりに息子を預かってくれます。
プシュッとキャップを開けたときに、ようやく私は喉がカラカラだったことに気が付きました。
小さい子供は急に暴れることがあるため、飲料などという零れやすいものはなかなか手に持っていられません。
そのことをご存じで、サッと自費で行動してくれること。なおかつ好き嫌いのない水をえらんでくれること。
そのあまりのありがたさに、何度もお礼の言葉を言いました。
飲料台をお返ししようとしましたが、にっこりと笑って固辞されて
「いつもがんばっていらっしゃるお母さんへ、少しでもお役に立てたらよかったです」
と言い残して、そのかたは到着駅のホームへ去っていきました。
私の人生の中で、あそこまでさりげなく人への優しさを示せるかたを他に知りません。
もし街の中ですれ違っても、おそらく顔も覚えていない見知らぬあなたへ、この場をお借りしてありがとうの気持ちをお伝えします。
本当にありがとうございました。
息子は今日も元気に育っています。

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