- 09 友人・同僚へのありがとう
- 2018.08.12
小さなヒーローに敬意を払う
小学校の同級生の前橋くんへ
いまでも足の小指に、ニコちゃんシールが浮かびます。
父の仕事の関係で引っ越しが多かった私。引っ込み思案で、なかなか周りに馴染むことができなかった私。どの引っ越し先でも思い出なんて作れていなかった。ただただ毎日を過ごしていた。そんな私を変えてくれたのは、前橋だったね。
小学4年生の夏休み。私は5月に引っ越して来たばかりだった。町内のラジオ体操に出席カードを首からぶら下げて通っていた。行きたくなくてしょうがなかったけど、そんな主張もできない自分が悔しくて情けなくて、いつも下を向いて広場まで歩いていた。
まだ、太陽が上っていない、薄暗い住宅街を子どもたちがラジオ体操に向かい歩いてる。みんな友達と一緒に楽しそうに歩いていて、一層気分が暗くなった。
いつの間にか、出席カードの半分がニコちゃんシールで埋まっていた。その日も機械的に体を動かし、出席カードにニコちゃんシールをもらう作業を終えて、家に帰ろうとしていた。
同級生の女子がこちらを見ていることに気がついた。動悸がした。どの引っ越し先でも周りに馴染むことができなかったのは、絶望的な会話スキルの欠乏だった。わたしの相槌は「あ……」「う……」「あの……」の3段活用。
返答に迷っているのもあるが、話の内容を理解するのがそもそも遅い。相手はいつも地蔵に話しかけている気分になっているに違いない。地蔵のくせに、短くうめいているから気味がわるくタチが悪い。
話しかけられては困ると、急いで顔をそむけ、女子たちから距離をとる。こういうときの動きの速さには自信がある。
自信があったのに、反則だ。大声で聞こえるように悪口を言うなんて反則だ。
わたしは母似なのだ。母も引越し先でいつもうまくやれない。いつも一人だ。娘に隠すこともできない不器用な人だ。本当にわたしは母に似ている。
大声で、聞こえるように、母の悪口を言っている。どうして母のことを知っているのだろう。内容については、書きたくない。だってわたしは母のことが大好きで、一番の理解者で、だから、文字に起こして、母に向けられた悪意を受け止めることがわたしにはできない。
何を考えているのか分からない、と自分でも思う感情の起伏の薄いわたしだけど、不覚にも泣いてしまった。ボロボロと涙が溢れた。今すぐここから逃げ出したかったのに、どうしても足が言うことを聞いてくれない。立ち尽くして、ぎゅっと手を握りしめた。
わたしのズックに誰かが手を伸ばしている。ズックの上に何やら貼り付け、さっと手をひく。小指の部分にニコちゃんシールが微笑んでいる。
金縛りが解けたように体の感覚が戻って、顔をあげると同じクラスの男子が唇の片方を上げて満足げに笑っている。
前橋くん、君のおかげでわたしは閉じこもっていた自分を変えることができたんだ。今でも話すことは苦手だけど、口角を上げるだけで、息苦しさがずいぶん和らぐ。君はよくちょっかいを出して、わたしを笑わせてくれたね。具体的にわたしを励ましたり、アドバイスをすることはなかったけど、どんなに救われたか分からない。
わたしは5年生の10月で引っ越してしまったけど、君のことは今でも思い出す。
今さらだし、こんな形でしか言えなくて本当に情けない。目に入ることもないと分かってはいるけど、この場を借りて伝えさせて。
ありがとう。
先日、前橋にそっくりな笑顔の人を街で見かけました。君と出会ったところから、ずうっと離れたところだけど、きっと君だったんじゃないかな。
わたしを変えてくれたヒーローにそっくりな男の子を連れていたので。
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