- 01 お母さんへのありがとう
- 2018.08.01
一緒に生きてくれて、ありがとう
おかあさんへ
高校生最後の夏、覚えてますか。何か月も具合が悪くて、だんだん理解力も判断力もなくなっていく私を、半ば無理やり心療内科に連れて行ったあなた。
「大うつ病ですね」
医師の言葉を聞いたあなたがどんな顔をしていたのか、ずっと下を向いていた私にはわかりません。
幼いころからあなたは私に習い事をさせるのが好きでしたね。ピアノにそろばん、水泳に学習塾。一時は一週間に休みが一日しかないようなスケジュールで私は生活していました。
あなたは優しかったけど厳格で、決して途中で投げ出すことは許してくれなかった。おかげで私はどんどん成績を伸ばし、中学のころまでは学内で成績一番なんて、珍しくもなくなっていました。テストで98点をとったとあなたに報告した時の溜息、今も忘れられません。
高校生になって、わかりやすく私は挫折しました。そしてちょうど同じ時期、あなたも躓きましたよね。私はどうあがいても届かない同級生たちの実力に、あなたは夫との生活に。
先に折れてしまったのは私でした。勉強してもしても追いつけない、進学校のトップを走る同級生への劣等感と、家庭の寒々しい雰囲気、タイトなスケジュール。あなたが気付いてくれた時には私は自分から命を捨てる寸前で、手首も臓器もボロボロでした。心療内科で冒頭の言葉を聞いて、あなたは何を思ったのでしょう。
毎晩二人で泣いたこと、あのころの記憶がおぼろげな私もぼんやりと覚えています。二人で自殺まで考えましたね。真夜中に海へ行こうと言い出したり、お互いに意味もなく謝り合ったり。でも、結局今こうして二人とも五体満足ですね。どうしてでしょう。
あなたがいてくれたからです、おかあさん。
小さいころから習い事だらけの生活も、もっともっとと成績アップを求められることも嫌いでした。でも、それでもあなたのことが大好きで、もう死にたいと思った時に言ったときにあなたが泣いてくれたから。一緒に死んでもいいよなんて言ってくれたから、今こうして私は生きているんだと思うんです。
どれだけ苦しんだでしょう、優秀だと思っていた娘がいきなりひきこもりも同然になって。夫ともうまくいかなくなって、頼れる人もいなくて。大正解だと思っていた自分の子育てや考え方が、大間違いだったかもしれないと突きつけられて。
なのにあなたは必死になって私と向き合ってくれました。病院を探すときも。事務的な手続きを私に代わってこなすときも。専門知識がないからと、書籍やネットをあさって、病院にも行って医師に話を聞いて。私はこのころに何となく感じたんだと思います。あなたが私のことを、勉強や成績だけを見るのではなく、本当に大切に思ってくれていたんだと。
明日は久しぶりに買い物に行く日ですね。あのころとは違い、今の私は一日暗い部屋の中で天井のシミを数えて過ごすこともありません。外に出て、胸をはって前を見て歩くことができます。大学にも通えて、バイトも人並みにして、お小遣いを稼いで…。
実はランチに、お店を予約しました。高級レストランなんかじゃないけど、以前一人で行ってみた時にとても雰囲気が良かったから。明日は、私に出させてね。なんて。
直接ありがとうっていうと、あなたは泣いてしまうから。ついでに私も泣いちゃうから、ここでありがとうって書きます。
おかあさん、あのとき一緒に死なないでくれてありがとう。一緒に生きてくれて、ありがとう。本当に、本当にありがとう。
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