私の目の前に新しい扉を開いてくれてありがとう

投稿者 

私はなぜか、右と左の感覚に乏しく、子供のころから右左が答えられませんでした。
今もそうで、特にとっさの判断時には左右が全く理解できなくなります。
また、慌てたり、急な事にも弱く、そんな時は頭がパニックになり、体が動かなくなってしまうのです。
こんなですから、両親を始め、私を知る人々は口を揃えて、「あなたは車を運転できない、しないほうが良い、免許なんてとれるはずがない。」と、言うのです。
その文言を聞いているうち、いつしか自分でも、「私は免許は取れないものだ」と、思い込んでいました。
そんな感じで、もう40代に入りました。
ある日、義姉が私に聞くのです。「免許ほしい?」と。
私は「欲しいけど、無理かなぁ。」と、答えました。
数日後、「今から教習所に申し込みに行くよ!」と、義姉が車で迎えに来たのです。あれよあれよといううちに、教習所で手続きを終えていました。
そうしましたら、自然と、心がワクワクし始めたのです。
新しいチャレンジをする気持ち、久しぶりの新鮮な感覚です。
入校日が待ちきれないほど、楽しみになっていました。
学科の方は、無事にパスしましたが、実技で苦戦しました。
ワクワクしていた気持ちは、日を増すごとにしぼんでしまいました。
しかも、4回も検定に落ちたのです。
試験中は手足がガクガク震えて、的確な判断ができず、ほぼ、パニック状態の、教官もあきれるほどでした。
その度に、「やっぱり、無理だったんだ。ほかの人が次々に合格していくのに、なんで私だけ…。」と、すごく落ち込みました。
ですが、その度に、励まして、アドバイスをくれたのも、義姉です。
義姉は、助手席に私を乗せ、実際に走ったり、駐車して見せてくれ、コツを教えてくれました。教習所が休みの日は、よく義姉が教えてくれたものです。
そして5回目の検定の前日に、義姉がお守りをくれました。
どこか、すっきりした気持ちになって臨み、無事に免許取得に至ったのです。
その夜、義姉は大きなケーキをもってきました。
免許取得、という、多くの人がやってのけることを、人一倍、苦戦して涙しましたが、終わってみれば、充実した日々でした。
まるで、私の目の前に新しい扉がパーンと開いて、今までと全く違う景色を見せてくれたようです。
これも、義姉が背中を押してくれたからです。
お義姉さん、あなたのおかげで、私の日々の生活が急に明るくなりましたよ。
今、毎日、車で子供たちの送り迎えをしたり、遊びに連れて行ったりできるのも、お義姉さんがきっかけを作ってくれたからです。
何より、新しいことにチャレンジするワクワクを、達成感をどうもありがとう。

FavoriteLoadingお気に入りに入れる
ハートを送る を送る (15
Loading...
スポンサーリンク
>>新しい手紙一覧へ
>>新しい手紙一覧へ